自分は宗教を信じている人間が理解できない。
何のために宗教を信じるのか。それは結局のところ、みんなと同じ幻想に囚われたいというだけなのではないかと思われる。そもそも宗教というものは死、そして生をどのように解釈するかというところから始まっていると聞く。
それに対する答えが、個々の宗教。それらは、その死の後のために正しく生きろと主張する。かくして宗教は、自由勝手な生活を諫め、生活に規律をもたらそうとする。
このように宗教には肯定的な面もある。ただし、それだけにとどまらないから問題なのだ。それぞれ勝手にやってくれているのであれば文句は言わないが、本質的にそんなことはあり得ない。こうだと信じることに意味があるのだから、それ以外の人間が別のものを信じていれば、当然に不安になることだろう。そして、その他者をつぶしたいと考えるようになるだろう。どの宗教も甘ったるいことを言っているが、それはあくまで同じものを信じる人間に対してに他ならない。そんなことはヨーロッパ各国が新大陸でどんなことをやっていたか考えれば容易に理解できることだ。
そんな宗教から解放されるための一つのアイディアが、タイトルに挙げたホームメイド宗教である。つまり、自分で宗教を作る。自分の神は自分で考える。内なる自分の神に対して常に誠実であろうということである。一人一人が個人レベルでの信仰を行うのだから、余計な教義も儀式もない。そして、他者の排斥などもない。実に平和的に、宗教のうまみを味わうことができる。
もっとも、こんなものが流行っていれば、世の中に既製品の宗教なんかが蔓延してはいない。それはレトルト食品のようなもので、人間の怠惰な心につけ込んで広がっていくのである。
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